平成27年11月度 佐助歩こう会のご報告

今月(11月28日)の歩こう会は、第4週の土曜日開催となりました。風もなく小春日和の良い天気となりました。 参加者も自治会以外から掲示板を見た方3名あり、合計15名でした。

さて、本日予定のコースは、「タチンダイ→野村総研跡地→大仏切通し」でしたが、10月15日発行の広報かまくらに鎌倉山にある「扇湖山荘」の庭園一般公開のお知らせがあり、年2回、延べ3日間しか公開しないとのこともあり急遽コースを変更し庭園を見に行くことにしました。いつものように佐助1丁目交差点広場で準備体操後、新佐助隧道、長谷隧道を抜け八雲神社に向かいました。桔梗山の木々も色づき始め秋が一層深くなるのを感じます。

八雲神社
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H17.11-2八雲神社交差点を直進し、琵琶苑の住宅地を通りぬけ、鎌倉山のバス通りに出たら、若松バス停の先を左折。八雲神社交差点からここまで上り坂が続き、出発してから約40分。皆さん少々お疲れの様子。

宇崎竜堂・阿木耀子宅、宮崎緑宅を左右に見て、坂道を一登り。右に七里ガ浜への道を分け旧林間病院(現メンタルホスピタルかまくら山)方面に歩を進めると、庭園の見学者とおぼしき人たちの姿が目につく様になると間もなく「扇湖山荘」の趣のある門構えが見えてきます。
(「扇湖山荘」入口)

 

 

門を入り切通しを抜けると、大きな楓の木が出迎えてくれて、目の前には極楽寺奥の谷が一望できます。
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この山荘は、わかもと製薬の創業者が鎌倉山山頂部になんと13万坪の敷地に昭和3年(1928年)から3年を掛け数寄屋造りの名手大江新太郎設計による山荘と京都南禅寺界隈の別荘の庭園造りで名を成した七代目小川治平衛が庭園を作り上げました。
山荘母屋の主要部分は、岐阜県飛騨地方の養蚕を営んでいた古民家を移築したものです。戦後敷地は縮小され、現在1万5千坪程度となっている。昭和42年(1967年)創業者の妻が亡くなると間もなくして山荘は大林組の所有となり、その後料亭「鎌倉園」として営業、三和銀行、三菱銀行と引き継がれ、平成22年(2010年)に鎌倉市に寄贈されました。順路の指示に従い、山の傾斜に沿った小道をゆくと、「椿園」。そこから一登りすると、この敷地での最高部を思われるところに伏見宮邸から移築されたお茶室になっており、この山荘の名前の由来がここから見える景色に納得。

相模湾がまるで扇型の湖に・・・・
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H17.11-5この茶室から進むと、入口の切通しの上にかかる橋(むせんばし)を渡り、苔むした鎌倉岩の階段の両側の大きなヤマザクラの木や杉木立の間を歩む。( 整備された遊歩道)

 

 

 

 

 

 

その先には立派な孟宗竹の林が連なり、少し下ると桜見台。目の前には枝垂れ桜の大木が一本。今年の春、満開に咲いた写真が飾られていました。この先が南斜面に建つ母屋の主庭園で、前庭は一面芝生に覆われた広場になっていますがその先は谷が深く切れ込み、雑木で覆われて往時の庭園の姿を垣間見ることはできません。
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内部の意匠にウットリ
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出口に向かう切通し
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テラスからは遠く三浦半島の先まで見え、いつまで見ていても飽きない景色を見せてくれています。建物の立派さと庭園の広さに圧倒された小春日和の一日でした。来年の春、桜の季節に公開予定だそうなので、「広報かまくら」をお見落しの無きように・・・・
今月の佐助歩こう会は、現地解散といたしました。皆さん 大変お疲れ様でございました。

 

次回は、12月19日(土)冬枯れの台峯を歩きます。

福祉部(佐助歩こう会)入江

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2015年12月5日 | カテゴリー : 歩こう会 | 投稿者 : sasuke